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2009.06.04 (Thu)

「このささやかな眠り」Michael Nava

本の整理をしていて発掘。
ゲイの弁護士が主人公でハードボイルドって設定が当時の私には新鮮でした。
初めて読んだときは夢中になったものだけど、時間をおいて読み直してもやっぱり好きな小説です。
願わくば、まっさらな気持ちでもう一度読めればいいのに……(笑)。


それでも人生は続いていく。



4488279015このささやかな眠り (創元推理文庫)
Michael Nava 柿沼 瑛子
東京創元社 1992-09

by G-Tools


内容
ヘンリー・リオス、33歳。サンフランシスコ郊外に住むヒスパニックでゲイの弁護士である。公選弁護人としてリオスが、金髪で青い目のハンサムな青年ヒュー・パリスと面接したのは「オカマ専用」の留置所だった。罪状は麻薬所持。確かにヒューは逮捕前にマリファナを吸っていたが、彼の服から出てきたというシャーム(麻薬に浸した煙草)の所持については否定する。だが心は開かれず、リオスは名刺を置いて立ち去るしかなかった。
それでもヒューの動向が気にかかり、その午後に拘置所に連絡を入れるも、すでに保釈金が支払われ、彼は保釈されていた。
それから二週間ほど経った夜中に、リオスはノックの音に起こされる。そこにはヒューが震えながら立っていた。彼は遺産相続に絡み、祖父から命を狙われ、追い詰められてリオスをたずねて来たと言う。
ヒューは、地元政界や法曹界にも力を持つ大財閥を継承する家系にあった。しかし彼は幼い頃「男にしては美しすぎる」という祖父に犯され、あげく全寮制男子校に放り込まれ、以来祖父を憎んでいた。麻薬に溺れ、死に怯えるヒューの力になりたいと思いつつ、リオスは彼と交情を交わすようになる。
どこか不吉な影が漂う蜜月は、だが、一週間で終わりを告げる。ヒューが溺死体で発見されたのだ。一族の「黒い羊」であったヒューの死に嘆く者は誰もなかった。
警察が麻薬に酔った挙句の溺死として処理しようとする中、リオスは彼の死を他殺と立証するために動き出す……。

書評
もともとハードボイルドが好きな私である。だが正義を振りかざして熱血する探偵役はあまり好みではない。いや、ストーリーさえ面白ければなんでもOKという節操なしではあるが、好みに合えばそれに越したことはないだろう。
そして私は彼に惚れた。
ヘンリー・リオスは弁護士という職業柄もあって、法律から逸脱することはない。そのせいか33歳という年齢のわりにはとても老成している印象がある。枯れているといってもいほど彼は倦怠している。
もう一方で、ロースクール時代の友人からもっとましな弁護士事務所にスカウトされたとき、「金持ちの代理人をしていたのでは、大衆の叫びは聞こえてこない」と断るような、青臭いほど熱い情熱を胸に秘めている。
『気が狂うか、あるいはもう一度恋に落ちるには十分な時間だ』などと呟きながら、彼はヒューとの恋を意識する。
恋を確信するシーンのさり気なさがいい。

   カストロ・ストリートの角を曲がり、マーケット・ストリートにさしかかると同時に、
   ヒューはそっとわたしの手を離した。わたしたちはゲットーから出たのである。
   だがわたしは手を伸ばすと彼の手にふたたびすべりこませた。ヒューは驚いた
   ような顔でわたしの顔をまじまじと見つめたが、すぐにわたしの手をぎゅっと握り
   しめた。それでも人生は続いていく。

だが人生は呆気なく途切れてしまった。
ヒューを助けられなかった後悔と絶望的な喪失感を抱えながら、決して声高に叫ぶことなく、着実に真相に近づいていくリオスが、またいい。
ついには協力を拒み続けるヒューの母親の心を解放し、依頼人として手を携えることとなるシーンでは私は胸が詰まり、ついでに涙腺まで緩んでしまった。
ハードボイルドとしてはオーソドックスな仕立てだろう。だがリオスはヒスパニックであること、そしてゲイであることに対する偏見とも戦わねばならない。
己の矜持を貫くことがハードボイルドに要求されるものならば、彼の戦いのなんと厳しいことか。たとえ事件が解決しても死者は帰って来ない。
自分が求めていたのは正義などではなく、悲しみのはけ口だったのかもしれない。埋めようのない喪失感に身を置くリオスに、殺人課の女性刑事は慰めるわけでもなく、さらりと告げる。

   「悲しみは、正義の半身だわ」
   「そして残りの半分は『希望』というの」

愛と死が隣り合わせになっている作品であるが、そこからの再生を図る力強さが救いであり、このラストが秀逸である(ようするにベタ惚れっていうことか)。(2002.8.15 記)


【関連記事】
 ■ Michael Nava(マイケル・ナーヴァ)[作者紹介]
 ■ このささやかな眠り
 ■ ゴールデンボーイ
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2002.08.15 (Thu)

「ゴールデンボーイ」M・ナーヴァ

「もし彼らがあなたに頼んできたら、断らなかったよね?」



4488279023ゴールデンボーイ (創元推理文庫)
Michael Nava 柿沼 瑛子
東京創元社 1994-02

by G-Tools


内容
「ヘンリー・リオス」シリーズの2作目である。
リオスは3年の間にアルコール依存症になり、入院治療して酒を断っている。その後、カリフォルニアのゲイの弁護士ラリー・ロスの誘いで、ソドミー法(正常位以外のすべての性行為を称する総括的な名称)をめぐる運動に参加し、今や有名な活動家となっている。そのラリー・ロスに、殺人犯として逮捕された少年の弁護を依頼されるところから物語は動き出す。
殺された少年を母親は「ゴールデンボーイ」と呼んだ。
新聞に掲載された被害者はまだ幼さを残した明るい髪をしたハンサムな少年だった。
犯人は死体の横で凶器のナイフを手に立ち尽くしていたゲイの少年、18歳のジム・ピアーズだと誰もが考えた。
ゲイである自分を激しく嫌悪し、頑なに己を閉ざすジムと対峙するリオス。ジムは逆行性記憶喪失になり、事件前後の記憶を失っていた。
調査を進めるうちに「ゴールデンボーイ」の実像とジムの関係が明らかになるが、ジムは心を開こうとしない。
そして匿名の電話が「犯人はジムではない」とリオスに告げる。前後するように、ジムは自殺未遂を起こし、植物状態となってしまう。
それでもジムが犯人であろうと、リオス自身も確信を持っていたが、少しずつ積み重ねられていく事実によって、徐々に真相が見えてくる。
後半、事件は急展開をみせる。肛門にナイフを突き立てられた死体の発見、偽装工作、そして犯人が追及されるシーンはスリリング。

書評
第一印象は、ゲイパレードがあったり、6人に1人はゲイだと聞いたりもして、ゲイの権利が日本より遥かに認められているようなアメリカでも、1人1人の抱える問題は変わらないんだなぁ…だった。事件そのものはカミングアウトに焦点があるが、重要な骨子を占めるのはエイズである。かといって、きわもの扱いをしているわけではない。
前作から三年経ち、その時間の経過が及ぼす残酷な現実を、ナーヴァは冷静に見据え、静謐な筆致で描き出す。

「ヘンリー、死には二つの種類しかないんだ。生きながら死んでいるか、さもなくば肉体的に死んでいるかだ」 
エイズに感染し、死を間近に控えている親友ラリーの言葉だ。
生きながら死んでいる者、それはゲイである己を自己否定して生きている者たちである。
事件の調査中にリオスは新しい恋を見つける。その彼、ジョシュ・マンデルもまた、エイズ検査で陽性であった。

   「きみのことが怖いんじゃない。きみのために怖いのさ。
   誰かが、きみを傷つけるかもしれないと考えるだけで耐えられない」

声高にエイズ問題を訴えているのではない。悲壮感を煽ろうとしているわけでもない。作中に描かれているのは、誰でも持ちうる死への恐怖や、愛するものを失わねばならぬ喪失感であり、リオスの言う「偏狭という病気」が引き起こした事件の悲しみと、愛するものを護りたいという力強い優しさである。
大都市のきらびやかな夜に集う裕福なゲイたちのパーティ、ジムが有罪であることを前提に映画化を目論むハリウッドのエージェント、夜の影に巣食う男娼たち――バカバカしいほど華やかな情景を見つめるリオスの視線は、あくまで静かだ。それは彼の戸惑いであったり、怒りを含んだ静けさなのかもしれない。
事件は意外な展開を見せ、危険が伴うジョシュの協力で解決する。
なかなか「愛している」と言えなかったリオスが、「愛しているよ、ジョシュ」と告げるラストは感動的。その一言には、生と死、愛憎など、さまざまな、人が生きてゆくうちに幾らでも出会うような、ごく普遍的な思いが込められているのではないだろうか。

余談であるが、次の3作目 How Town 1990年 『喪われた故郷』で、リオスは疎遠になっていた姉の頼みで、幼児暴行の嫌疑を受けた幼馴染みの弁護を引き受けるために、ジョシュとともに故郷を訪れる。
いくぶん作風が変わったような印象を持ったのだが、1作目の解説によると、この3作目から氏はマス・マーケット(一般市場)に登場したのだそうだ。そのための変化かもしれないと私は考えているのだが、事件に絡めて、リオス自身のセクシャリティーを見つめるシーンが多く挿入され、またヒスパニックとしてのアイディンティティが前面に押し出されている。
残念ながら現在「このささやかな眠り」「ゴールデンボーイ」の2作とも在庫切れの様子だが、3作目「失われた故郷」は在庫有り、4作目「秘められた掟」にいたっては、実に6年ぶりに今年刊行されたばかり。でも個人的には、ここに紹介した2作が好き。
いずれの作品も心理描写が繊細に描かれていて、魅力的です♪


【関連記事】
 ■ Michael Nava(マイケル・ナーヴァ)[作者紹介]
 ■ このささやかな眠り
 ■ ゴールデンボーイ

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2002.08.15 (Thu)

マイケル・ナーヴァ

Michael Nava(マイケル・ナーヴァ)[作者紹介]

法曹界に身をおくヒスパニック系のゲイ作家。検察庁勤務と弁護士との説があるが確認できず。ミーハー的見地から言うと、とてもハンサムさんである。それはもう、俳優にしたいくらい。
小さなゲイ小説専門の出版社からデビューするも、ゲイ・ミステリ版『長いお別れ』(チャンドラー)と評され、一般のミステリ専門誌からも高い評価をうける。ゲイ・ノベルということで、きわものと思われる向きもあるかもしれないが、静かで内省的な語り口のハードボイルドは忘れがたい余韻を残す。詩人を目指していたというだけあって文学の造詣が深く、作風にいっそうの深みを与えている。ヘテロの男性にもお薦めの佳作揃いである。

代表作のシリーズとして、
The Little Death 1986年 『このささやかな眠り』(以下すべて、創元推理文庫)
Goldenboy 1988年 『ゴールデンボーイ』★
How Town 1990年 『喪われた故郷』★
The Hidden Law 1922年 『秘められた掟』★
The Death of Friends 1996年★
The Burning Plain 1997年
Rag and Bone 2001年
★はその年最高のゲイ文学に与えられるラムダ・ブック・アワードのベスト・ゲイ・ミステリ部門を受賞している。そういうものがあること自体が驚きであるが。
尚、Rag and Boneをもって、氏はミステリ作家としてのキャリアを終えることを宣言。今後はストレート・ノベルを執筆するとのことで、シリーズ終了が残念。


【関連記事】
 ■ Michael Nava(マイケル・ナーヴァ)[作者紹介]
 ■ このささやかな眠り
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