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2002.10.25 (Fri)

柏枝真郷 「DESPERADO」シリーズ

「……ああ……あんただ……」


シリーズ作品を書き出してみて気づいたのだが、このシリーズとのお付き合いは10年にもなって
いた。カバーをかけてあるが、何度も読み返したため、本の閉じしろの糸が緩んでしまった巻もある。
それでも未だに新作を楽しみにしている。
キャラクターが魅力的であり、心理描写が丁寧に描かれていること。そして深みや広がりを次第に
見せていく巧みなストーリー展開に、ついつい引き込まれてしまうのだ。

シリーズ書評
デスとあだ名される元刑事のさえない私立探偵クラークと、黒髪と緑の瞳の美貌の青年アンソニー
(トニー)のふたりが、イーストリバー市という架空都市の谷間に生きる人々の哀歓と、そこに展開
される数々の事件の真相を追求してゆくミステリ小説(というよりハードボイルドかな)。

ボタンをひとつ掛け違えたための悲劇というのだろうか。そこから事件は起こる。
その根底にあるのは愛だ。それがどんなに歪んだ愛情でも。
柏枝氏の描く人間はみんな傷を負っている。愛に飢え、痛みに耐えかねて事件を起こしてしまう
哀しい人間ばかりである。
そしてまた事件を追う人間も、心に深い傷を負ってる。
しがない探偵デス(クラーク)も、貧しさゆえ生きる為に男娼をしていた過去を持つトニーも、
そしてゲイバーの女(男)たちや、罪を犯してしまう人間も、深い深い傷を負っている。

     生きていくことは辛いこと――それでも懸命に生きていく。
     いつかは幸せになれるのかもしれないから。

彼らは互いの傷や重い過去を抱えながらも、懸命生きていこうとしている。
そして様々な哀しい事件を解決していきながら、デスとトニーの関係もすこしずつ変わっていく。
いつか別れる時がくる――どこか刹那的だったトニーも、やがて2人の未来を考え、大学に通い
始めるなど、前向きに歩き出す。
それに比べると、物語がデスの視点で書かれており、また彼が大人である分、内相的かもしれない。
1度は社会からドロップアウトしてしまったデスは、事件の度に彼は自分の過去と向かい合い、
傷ついている。暗い男である。だが、

「トニーがオカマなら、俺もオカマだ。さあ、俺をオカマだと言ってみろ」

なんて言いきれちゃう男気のある奴なのだ。

事件が解決しても、ハッピーエンドとは限らない。
むしろ真実が曝されることで傷つき、苦悩することになるような、ほろ苦い結末へと導かれる。

この小説の主要な登場人物には悪人はいない。いるのは、誠実に懸命に生きている普通の
人間たちだ。このシリーズの魅力は、そんな作中人物に対する慈愛に満ちた作者の視線にある。

深い闇に触れてしまうにもかかわらず、それでも読後感には救いがある。
ほんのりと心が温まり、癒されている自分に気づくのである。
大人の恋愛物がお好きな方にお薦めの極上のJUNEである。


【DESPERADOシリーズ全作品】
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09:00  |  柏枝真郷  |  TB(1)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2002.10.25 (Fri)

「男色武士道」池波正太郎

1981年 新潮文庫 『あほうがらす』 収録
1992年 立風書房 短編コレクション武士道小説集(12)『疼痛二百両 』

上意打ちとは詰まるところ、武士の意地、男の意地が決意させるような気がする。
そのために彼らは「お家」の存続すら賭ける。無論、当時はそれが美学でもあったわけだが、残される
親も妻子もたまらないよなぁ…というのは女の理論で、男社会の武士道においては絶対言っちゃいけないんだな。
むずむずするけど、ま、それは置いといて――。

佐藤勘助に「尻奉公」と侮辱された小姓・鷲見左門は、念友・千本九郎とともに勘助を討つ決意をする。小姓とはいえ、左門と殿様の間に男色関係はなかったからだ。
首尾よく討ち果たしたものの奉公を続けられようもなく、左門は出奔する。
九郎に会うことも適わず、月日は水のように流れて行く――。

出奔後の左門が会いたい、会ってほしいと幾度となく手紙を出しても、すべてを握りつぶしていた九郎が、左門の家紋である鷲見家の紋入りの裃(かみしも)を身につけ、左門の手紙を胸に抱いて、静かに死出の旅に出るラストが印象的だ。
その静寂のシーンに、九郎の、左門への想いのすべてが凝縮され、静かだからこそ九郎の想いが切なく迫ってくる。
他に、忠臣蔵の浅野内匠頭の男色始末記「火消しの殿」など侮れない作品集である。

各収録作品ご案内
■『あほうがらす』新潮文庫(1981年5月/重版あり)
収録作品/火消しの殿 運の矢 鳥居強右衛門 荒木又右衛門 つるつる あほうがらす 
元禄色子 男色武士道 夢の茶屋 狐と馬 稲妻
■池波正太郎短篇コレクション(12)武士道小説集『疼痛二百両』 (1992年7月立風書房)
収録作品/紅炎 上意討ち 男色武士道 疼痛二百両 晩春の夕暮れに 権臣二千石 火消しの殿 狐と馬 勘兵衛奉公記 雲州英雄記/新書判セミハードカバー(入手困難)

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00:36  |  池波正太郎  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2002.10.25 (Fri)

「闇の狩人(上、下)」池波正太郎

1980年・新潮文庫 /2000年・角川文庫

人と人の出会いには運命としか言いようのない不思議があるのかもしれない。
盗賊、雲津の弥平次は、山奥の湯治場で記憶喪失の若い侍と刺客から救い、「谷川弥太郎」の名を
与える。
弥平次も叩けば埃が蔓延する家業である。関わり合いにならぬ方がよいと呟く心の声に耳をふさぎ、
そこまでしたのは、何故かその青年に心を惹かれたからだ。

弥平次は谷川と別れたあとも何となく気にかかり、忘れることができなかった。
一方、谷川のほうも思う気持ちは同じだった。
二年後、弥平次は盗賊の跡目争いで命を狙われ、谷川は香具師(やし)の元締めに剣の腕を
見込まれ、江戸の暗殺者「仕掛人」になっていた。

会いに行きたい――だが二人は、互いの身上を知らない。
闇の世界に身を沈める二人は、互いに相手を思いやり、会いに行くことをためらう。
そしてある日、弥平次は、やっとめぐり合った谷川を目の前に身を隠す。
人を殺めてきたばかりの弥平次だった。血の匂いをさせた身体で会えるはずがなかった。

しんしんと降り積もる雪の中、男たちはすれ違う。
そんなもどかしくも切ないすれ違いが、何度となく重ねられる。
盗賊と仕掛人という二つの闇世界が交錯しながら、お家騒動や跡目争いが絡み合い、
複雑な人間模様が織り上がる。
人には背負っていかなければならない過去がある。己が犯してきた過去を消すことはできない。
逃れられぬ過去と対峙し、そして生きてゆくために、二人は出会い、道連れとなった――ともに過去と、闇と闘うために。

男と女なら恋情に走るところだろう。しかし男同士の「情」に打算も欲もなく、純で真摯だ。
男の意気に男が惚れるというのだろうか。こんな相手に巡り合えるなら、「男に生まれてみたかった」
と、つい気の迷いをもよおさてしまう逸品である(笑)。

4101156077闇の狩人〈上〉 (新潮文庫)
池波 正太郎
新潮社 1980-09

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4041323215闇の狩人〈上〉 (角川文庫)
池波 正太郎
角川書店 2000-08

by G-Tools


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00:24  |  池波正太郎  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2002.10.24 (Thu)

柏枝真郷

【作者略歴】

雑誌JUNE「小説道場」に投稿。道場主 中島梓氏の門弟となる。
道場主評によると結構問題児だったらしい(笑)。ミステリやハードボイルドな作品が多い。
1991年、光風社出版より『時が過ぎゆきても』(DESPERADOシリーズ)でデビュー。
以来追っかけをしているが、ボーイズラブ系の作品が量産される中、JUNEという特別な響きの
余韻にじんわりと浸ることができる作品が多く、嬉しい…♪

作品は一言で言うと、重い。コミカルな作品にも根底に人間の哀しさがある。
人間のダークサイドな部分の心情を透徹な筆致で描いているが、感傷に流されず、不思議と乾いた
感じがする。

代表作に『DESPERADO』シリーズ、『硝子の街にて』シリーズなど。

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22:06  |  柏枝真郷  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2002.10.11 (Fri)

「長恨歌(上,下巻)」山藍紫姫子

「永遠に死なねぇってどういうことか判るか?(中略)
そりゃあ、なあ、そいつに、永久に想われていてぇってことなのさ。
……愛でも、憎しみであってもな」


1994年白夜書房/1999年コアマガジンより再版

内容
『長恨歌〈上〉蛇性の婬』
江戸の豪商・吉野屋の一人娘、澪は街で無頼どもに絡まれ危ういところを、浪人、沙門小次郎に助けられる。彼に恋したお澪は、彼がねぐらとしている廃寺に押しかける。そこでお澪は弁天と呼ばれる美青年が沙門に組み敷かれているシーンを見てしまう。しかも弁天は、沙門と怪僧・鉄が共有する性奴隷だという。
清廉で怜悧な弁天――だが、狂気を孕む沙門と鉄のサディスティックな性を、心では抗いながらも弁天の身体は受け入れてしまうのだ。その度に弁天は屈辱に打ちひしがれる。
沙門への恋心と、女のなりをさせられた弁天への興味から、お澪は次第に彼らと深く関わるようになってゆく。そして、二人がかつて敵同士であり、決闘で弁天が沙門に敗れた結果、性的玩具に貶められたことを知る。
お澪は恋敵である弁天を憎み、嫉妬しつつも激しい情念のままに、縛られて身動きできない弁天を犯してしまう。

『長恨歌〈下〉青蛾』
陰惨な交歓は、やがて仇同士である沙門と弁天の心を通わせようとしていた。
だが、沙門を恋するお澪の姦計にはまり、二人は罠におちる。お澪の父、宗左衛門が予てより狙っていた弁天を捕え、沙門はお澪によって座敷牢に閉じ込められてしまう。
そして弁天は「尻妾」として奥座敷に囲われることになる。
飴と鞭を使いわけるように、宗左衛門は弁天を甘く翻弄する。宗左衛門に思うように弄ばれながらも、だが弁天は沙門を忘れられない。閨で弁天が口走る男の名は、宗左衛門の嗜虐の性と執着をさらに煽ってゆく。
あるとき町中で、弁天は壺井という浪人と出会う。坪井は弁天が原因でお取り潰しとなった藩の下級武士であった。恨みを抱く坪井は弁天を犯し、関係を強要する。さらに旗本の次男坊たちに弁天を売り、輪姦させる。ついに弁天はある決意をもって、壺井たちの待つ廃屋へと望むのだった。

書評
山藍作品に共通して感じるのは、「エロティシズムの領域は本質的に暴力の領域である」というマルキ・ド・サドの言葉だ。
「問題となるのが性欲であれ死であれ、狙いを定めるべきはつねに暴力、恐怖させながら魅惑する暴力なのである」――これは弁天の被虐の性を、実に端的に言い表しているのではないだろうか。
とにかく、ほぼ全編にわたって弁天を中心に情交シーンが続く。まだ処女(おとめ)のお澪の前だろうと、そりゃもう、お構いなしに弁天は苛め抜かれ、あられもなく喘がされ、さすが、耽美ハード・コア小説の第一人者の作品である。個人的には苦手な部類の作品にもかかわらず、その独特な世界に引きずり込まれてしまった。

『長恨歌』同人誌版の後書きによると、この作品はOAV「OEDO808」への「賛美」ではなく、「失望」から書かれたものなのだそうだ。
山藍氏が書かれた「OEDO808」のパロでは、「罪人」という鎖に縛られながらも前向きに(破れかぶれか?)生き、性を謳歌する妖艶な弁天が魅力的で、読み比べてみるのも面白いと思う。(因みにこちらも3人組だが『長恨歌』にあるような3PもSMもない)。
そうなると、当然『長恨歌』における主人公は弁天のはずだった。
だがこの作品において1番印象深いのは「お澪」の存在だろう。この清純かつ淫放なお澪のキャラクターにより、『長恨歌』は単なる時代物ハードコア小説ではなく、底知れぬ深みと凄みを持った作品となっている。

だが、それだけではない。この作品にはもう1つ、「不死者」というテーマが隠されている。
不死者の哀しみや孤独、血を継承することの惨酷さは数あるバンパイア・ストーリーにも描かれているが、不死という閉ざされた煉獄の中で、弁天をめぐる沙門や鉄の執着は永遠にに続くのである。

    「愛とは、人を強くするもの。なれど、その愛ほど、永く続かぬものはない。
     これが憎しみであれば、それは永久(とこしえ)のもの。
    愛を憎しみに変じて、愛しきお方を追って行くのでござりまする」

「女」となったお澪の情念が迫る一節である。
だが、「愛」も「憎しみ」さえも、いつしか刻(とき)は呑み込んでしまうだろう。不死という檻に閉じ込められた彼らの関係は、すでに愛憎すら越えた互いの執着ではないだろうか。愛憎に囚われているお澪は、その1点において「おぬし、まだまだだな」である。つまり、彼女はすでに負けているのだ。

執着と、不死者の檻こそが、凄惨な性を貪らせずにはいられない関係を求めるのかもしれない。とはいえ、不死者でもなく、それほど執着するものもない私には、実のところはっきりと文章にできるほど掴めていないのだった……ごめんなさい。

なお、『シシリー』(コア・マガジン)に『長恨歌』の番外編の短編が収められている。江戸を去った3人の旅の宿の1コマであるが、やはり弁天は激しく苛め抜かれている。鉄が憎らしく思えるほど完璧な憎まれ役を買っているが、それに応えてしまう弁天の身体もすごい……。



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22:40  |  山藍紫姫子  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2002.10.11 (Fri)

山藍紫姫子(やまあい しきこ)

1980年代に同人誌即売会で独特の耽美小説を発表し、女性読者に人気を博す。
「やまなし、おちなし、いみなし」というやおいの先駆者的存在であるが、現実世界から切断された架空の世界に設定されながらも、しかしどこかで現実の問題とも繋がっているような、いわゆる幻想文学などの寓話的スタイルをとり、単に「やおい」作家と一括りできない凄みがある。
男同士、あるいは両性具有者の過激なまでのSM的な肉体関係を克明に描写しつつ、切なくも官能的な世界が描かれる。
氏の作品に溢れる淫靡な官能は、「美徳を捨てれば、不幸であったものが快楽を得る機会となり、苦痛が官能の快楽となる」(モーリス・ブランショ)につきるかもしれない。

代表作として、『アレキサンドライト』『蘭陵王』『長恨歌』など多数。
同人でも精力的に作品を発表されており、ただただ頭が下がる思いである。



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