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2005.10.19 (Wed)

「李歐(りおう)」高村 薫

1999年2月/講談社文庫
日本と大陸を股にかける、青春と恋愛を絡めた冒険大活劇・ハードボイルド風味。
6歳で母親に捨てられ、世の中に対して屈折した感情を抱く吉田一彰。今は阪大の工学部に在籍しながらも無為な毎日を送る一彰は、バイト先のクラブ・ナイトゲートで美貌の殺し屋・李歐と出会う。まるで女のように艶かしく踊り、強烈な個性と魅力を持つ李歐。彼との出会いによって、一彰のその後の人生は大きく左右されていく。

中国の公安やらCIAやらテロリストやら大阪府警やら大阪きってのやくざやらと、血生臭さい話がからんでいても、そちらが主体なわけじゃない。端的にいえば、一彰と李歐のラブストーリーである。
しかし作品の中で二人が一緒にいる時間は長くない。一彰と李歐の二人でやったことといえば、100丁の密輸拳銃をヤクザから横取りすることくらいだ。大陸での再会を約束して二人は別離する。李歐と一彰は多くのものを失いつつ、それでも約束の地にたどりつくことを夢見てあがき続けるのだ。
とはいえ、二人の間にはっきりとした恋愛感情や行為の描写はない。あくまで、そこはかとなく淫靡な関係に留まっている。

しかし、この二人がなぜそれほど惹かれ合ったのだろう。
一彰の抱える過去は、けっして軽々しいものでもなければ、平凡なものでもない。だが、当時文化大革命で悲惨な状況にあった中国大陸で生まれ育った李歐の人生は、一彰の過去など霞んでしまうほど壮絶だ。それでも互いに強く惹かれ合う――まるで別たれた半身を求めるかのように。
そして、ふと思うのだ。恋愛さえも超越してしまう、互いの魂を求め合う。そんな相手こそ、人は本能的に求めているのかもしれない。

「この世界で、他人の口から身を守る方法は二つある。一つは、殺す。
 もう一つは、相身互いの共存だ。ぼくはあんたに名前を教えることで、
 それなりの代償を払う。あんたも、ぼくの名前を知ることで応分の代償を
 払うことになる。そういうことさ」

ほとんど一目惚れのごとき出会いから再会するまでの15年を、2人は互いの生存だけを信じて互いの絆を深めていく…という、一歩間違えば陳腐になってしまいそうな物語を、人と人との運命的な出会いと、揺れ動いていく心情を描いた人間ドラマとして読ませ切ってしまうのは、高村薫という作家の力量ってものだろう。

作品の凶暴性が潜んだ猥雑な背景と対照的に、作中に何度も使われる満開の桜というモチーフが、華やかさ、儚さ、妖しさ、そして力強さとそれぞれに描写され、とても印象的。


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【関連作品】
■ マークスの山(上・下)
■ 照柿
■ レディ・ジョーカー(上・下)
■ 李歐(りおう)
■ リヴィエラを撃て(上・下)
■ 神の火(上・下)
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23:52  |  高村 薫  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005.10.05 (Wed)

「照柿」高村薫

1994年7月/講談社

合田刑事、ついうっかり恋をするの巻。


帯に「魂をゆさぶる現代の"罪と罰"」とあるが、私はアガサ・クリスティの、実行に移すまでの過程からその瞬間に向かっていく様を描いた『ゼロ時間へ』を思い出した。もちろん内容はまるっきり異なるのだが。
本書でも、前作『マークスの山』のような警察小説的ニュアンスは引き継いでいるものの、今回のそれは物語の背景に過ぎない。 主軸になっているのは日常の中で何かが少しずつずれていく心理描写である。人間の業や熱波のような狂気が交錯し、やがて「ゼロ時間」へと導かれてしまう。ただし、間違ってもこの小説はミステリではない。

8月の狂いそうになる暑い夏。合田刑事は電車の飛び込み事故に遭遇し、そこで偶然出会った女に一目惚れしてしまうところから話は始まる。
合田の女への恋情は日に日に強くなるが、女は合田の幼なじみである野田達夫の愛人だった。1人の女をめぐり、男たちの歯車が狂っていく。
しかし、物語は遅々と進まない。合田と野田の過去と現在の、執拗なくらい綿密な描写が延々と続く。 それはまるで暗い海の底へ引きずり込まれるようで、息苦しさを感じるほどだ。
でもそこで放りだしてはいけない。最後まで読むと、彼らの今までの生き様が鮮やかに浮き上がり、茫然とする。

それにしても驚くのは合田さん。人間の弱さも狡さもあからさまにされた合田の壊れっぷりが凄まじい(笑)。
そして一番印象深かったのが、紬の着流し姿の義兄の加納が亡父の霊前で合田とともに聖書を読む場面――着流しに聖書……素敵♪

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【関連作品】
■ マークスの山(上・下)
■ 照柿
■ レディ・ジョーカー(上・下)
■ 李歐(りおう)
■ リヴィエラを撃て(上・下)
■ 神の火(上・下)

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00:55  |  高村 薫  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005.10.05 (Wed)

「マークスの山」高村薫

1993年3月/早川書房  2003/01/25講談社文庫

第109回直木賞受賞作。『照柿』『レディ・ジョーカー』へと続く合田雄一郎シリーズの1作目にあたる。
16年前に甲府の山中で起きた土木作業員による殺人事件、心中事件の生き残りの子供、精神病院で起きた看護士殺害事件、甲府の山中で発見された白骨死体と、過去の事件が提示され、やがて何か特殊な道具で頭に穴を穿たれて惨殺されるという連続殺人事件が起こる。

しかし、本書はミステリではない。犯人は始めから分かっている。
物語は、それらの何の関係もなさそうなバラバラの要素と、犯人側、警察側、そして犯人が脅迫している者たちの動きや心理を丁寧に描写していく。つまり、結果ではなく過程を求めていく手法だ。
捜査によって発見される手がかりや事実と、合田刑事たちの地道な捜査と思考錯誤によって、過去の事件は少しずつ繋がりはじめ、絡み合い、重厚な物語を生々しく紡ぎだしていく。

幼い頃の不幸な出来事により精神を病みその重さを抱えて生きるうちに、マークスという別人格を生みだし、殺人者への道へと進む青年・水沢。彼は偶然知った過去の犯罪のをネタに彼らを脅迫し、彼らを消して行く。
水沢の救いのない人生においてただ一つの救いは、彼に優しかった精神病院の看護婦・真知子だ。次第に募る不安と水沢の行動への疑問に揺れながらも、真知子は最後まで彼をかばい続ける。
だが、結果的に水沢を追い詰めて行くことになる。
一方、脅迫されるのは、大学教授、官僚、医者など高い社会的地位をもつ。そのため、彼らは警察に有形無形の圧力をかけ続け、捜査の最前線にいる合田刑事たちを苦しめる。
合田はそれらと戦いながら、なかなか見えてこない残虐な犯人の姿を思い描き、次第に追い詰められて行く犯人の次の犯行を防ごうとする。

この合田刑事もまた、過去のしがらみを背負っている。自己の生き方を模索しながらも、日々のあわただしい刑事人生に追われ、悩み続けている。自分に絶望し、誰とも心を通わせられない。彼の心の深奥を理解しているのは、学生時代からの友人であり、別れた妻の兄でもある加納祐介だけだ。

合田刑事と義兄・加納氏の微妙な距離感が何となく淫靡(笑)。
なんたって、合田自身が認めてしまった。
   「どちらにしろこの男には自分の裸の心を覗かれている、
    この自分自身がそれを許している」
ね、微妙な距離でござんしょ♪

そんな合田刑事の生き様そのものが物語の中核をなし、理性的でありながらも時おり訪れる感情の揺れが鮮やかに、ときに生々しく迫ってくる。魅力ある男性の描写が巧みなのは、作者が女性ゆえかもしれない(笑)。

ストーリーだけ追うと、多重人格者の犯罪に目新しさはない。94年度の『このミステリーがすごい!』では『マークスの山』が第1位となったらしいが、ミステリのつもりで読んだら眉間にシワが寄ってしまう。
この物語は、濃密な心理描写から浮かび上がってくる人の生き様にこそに主眼があるのではないだろうか。
誰もの心の奥底に潜む暗い情念を引きずり出す、圧倒的なエネルギーこそが「マークスの山」なのだろう。

追い詰められた水沢が「山」へ向ったと知り、合田たちは南アルプスへ向かう。
刻一刻と激しさを増す雪山の捜索。見つからぬ水沢に焦る捜索隊の緊迫感に圧倒される。
ラスト――静謐な筆致が哀しくも美しい情景を映しだす。


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【関連作品】
■ マークスの山(上・下)
■ 照柿
■ レディ・ジョーカー(上・下)
■ 李歐(りおう)
■ リヴィエラを撃て(上・下)
■ 神の火(上・下)

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