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2005.10.05 (Wed)

「マークスの山」高村薫

1993年3月/早川書房  2003/01/25講談社文庫

第109回直木賞受賞作。『照柿』『レディ・ジョーカー』へと続く合田雄一郎シリーズの1作目にあたる。
16年前に甲府の山中で起きた土木作業員による殺人事件、心中事件の生き残りの子供、精神病院で起きた看護士殺害事件、甲府の山中で発見された白骨死体と、過去の事件が提示され、やがて何か特殊な道具で頭に穴を穿たれて惨殺されるという連続殺人事件が起こる。

しかし、本書はミステリではない。犯人は始めから分かっている。
物語は、それらの何の関係もなさそうなバラバラの要素と、犯人側、警察側、そして犯人が脅迫している者たちの動きや心理を丁寧に描写していく。つまり、結果ではなく過程を求めていく手法だ。
捜査によって発見される手がかりや事実と、合田刑事たちの地道な捜査と思考錯誤によって、過去の事件は少しずつ繋がりはじめ、絡み合い、重厚な物語を生々しく紡ぎだしていく。

幼い頃の不幸な出来事により精神を病みその重さを抱えて生きるうちに、マークスという別人格を生みだし、殺人者への道へと進む青年・水沢。彼は偶然知った過去の犯罪のをネタに彼らを脅迫し、彼らを消して行く。
水沢の救いのない人生においてただ一つの救いは、彼に優しかった精神病院の看護婦・真知子だ。次第に募る不安と水沢の行動への疑問に揺れながらも、真知子は最後まで彼をかばい続ける。
だが、結果的に水沢を追い詰めて行くことになる。
一方、脅迫されるのは、大学教授、官僚、医者など高い社会的地位をもつ。そのため、彼らは警察に有形無形の圧力をかけ続け、捜査の最前線にいる合田刑事たちを苦しめる。
合田はそれらと戦いながら、なかなか見えてこない残虐な犯人の姿を思い描き、次第に追い詰められて行く犯人の次の犯行を防ごうとする。

この合田刑事もまた、過去のしがらみを背負っている。自己の生き方を模索しながらも、日々のあわただしい刑事人生に追われ、悩み続けている。自分に絶望し、誰とも心を通わせられない。彼の心の深奥を理解しているのは、学生時代からの友人であり、別れた妻の兄でもある加納祐介だけだ。

合田刑事と義兄・加納氏の微妙な距離感が何となく淫靡(笑)。
なんたって、合田自身が認めてしまった。
   「どちらにしろこの男には自分の裸の心を覗かれている、
    この自分自身がそれを許している」
ね、微妙な距離でござんしょ♪

そんな合田刑事の生き様そのものが物語の中核をなし、理性的でありながらも時おり訪れる感情の揺れが鮮やかに、ときに生々しく迫ってくる。魅力ある男性の描写が巧みなのは、作者が女性ゆえかもしれない(笑)。

ストーリーだけ追うと、多重人格者の犯罪に目新しさはない。94年度の『このミステリーがすごい!』では『マークスの山』が第1位となったらしいが、ミステリのつもりで読んだら眉間にシワが寄ってしまう。
この物語は、濃密な心理描写から浮かび上がってくる人の生き様にこそに主眼があるのではないだろうか。
誰もの心の奥底に潜む暗い情念を引きずり出す、圧倒的なエネルギーこそが「マークスの山」なのだろう。

追い詰められた水沢が「山」へ向ったと知り、合田たちは南アルプスへ向かう。
刻一刻と激しさを増す雪山の捜索。見つからぬ水沢に焦る捜索隊の緊迫感に圧倒される。
ラスト――静謐な筆致が哀しくも美しい情景を映しだす。


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【関連作品】
■ マークスの山(上・下)
■ 照柿
■ レディ・ジョーカー(上・下)
■ 李歐(りおう)
■ リヴィエラを撃て(上・下)
■ 神の火(上・下)

テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

00:11  |  高村 薫  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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