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2002.01.08 (Tue)

「オイディプスの刃」 赤江瀑

1974年 第一回角川小説賞受賞作品                  
2000年.角川春樹事務所/ハルキ文庫より再販。

彼は、少し苦しいと言い、苦しいことはおれは好きだ、と言った。


内容
ここに一本の日本刀がある。
大迫家の三人の兄弟、明彦(あきひこ)、駿介(しゅんすけ)、剛生(ごうせい)。
彼らの許に父親から、かの日本刀が残された。そして母親からはラベンダーの香りの記憶が残される。
鮮烈な危うさをかかえながら三人はやがて離散したが、次男の大迫駿介の脳裏からは、どうしても消すことの出来ない一人の男がいた。
辛酸な、日射しの奥を透かし見るような追うような、眩しげな、そうして少し苦しげな眼を持っている男。名を秋浜泰邦(あきはまやすくに)と言った。

彼は、日本刀の研師であった。一年に一度、備中青江派の中古刃物『次吉』を研ぐために泰邦は大迫家を訪れて、五年目の夏、眩しい真夏の大迫家の庭で、泰邦は激しい謎の死を迎えたのだった。
遺体だけが残されて、誰が泰邦の腹を割いたのか、肝心な所は謎のまま時は流れ、三男の剛生は消息不明となり、長男の明彦は母の面影を辿って若手の調香師となった。
そして憑かれたように泰邦の影を追い求める次男の駿介は、京都は木屋町で、男を相手に水商売に身を沈めてゆく。

そんな彼らの前に突然現れた辣腕の調香師は、眩しい母の面影を持っていた。
大迫家の過去の秘密の部分、いったい誰が泰邦を殺したか、を知っていたその男は、永い間行方の知れなかっ弟の剛生であった。
悲劇的な決意を秘めて『次吉』を手にした駿介は、伐るべきものを伐るために、京都の雪の夜を走り抜けるのであった。
伐るべきものとは、泰邦を死に追いやった全てのものであった。それは兄であり、叔母であり、そうして手の中にある日本刀と、自分自身であった。


書評
世の中には、見つめるしかないひと、という存在がいる。
せつないくらい息をつめて、わずかな心の動きさえ見逃すまいと、見守るしかない、真摯なまでに見入るしかすることのない、少しの可能性をも許さない相手というものが確実に存在するのだ。
それは大迫駿介にとっての泰邦である。(言っておくが、そこにいっさいの肉体関係は介在しない。何故なら駿介は泰邦のうえに、母親を通して明らかに父性を見ているからである)
そして油断すれば、隙間から際限なく漏れてゆくなにか、目の前で壊れていくものを見つづけなければならない程、深いものはあるまいと思う。

ここにある悲劇を語るときに、往々にしてそのさなかにいる人物はその悲劇性に気づかないことがある。
彼らは気づかぬゆえに自分を守ることが出来る。守られなかった者は墜ちてゆくしかない。
そうして物語がすべて幕をひいたあと私が案じるのは、木屋町で大迫駿介が経営していた店の、バーテンダーのツトムのその後である。話の上ではほんの些細な役回りであるが、ここに赤江瀑作品の果ての無さを見るような気がしてならない。

駿介が泰邦の影を追ったように、ツトムも駿介の視線を振り切ろうとして振り切れないまま引きずりながら生きてゆくのではないだろうか、と。この先もずっと、と。
なにもかも、終わらないのである。いや、最初からすべてが終わっているといえばよいのか。

物語のラストで、『次吉』は血を吸って雪のふる天を映していたという。
はっきりとそうは書かれていないが、駿介のうすれゆく記憶のなかで、ツトムは慟哭しているのである。ツトムは雪のなか、走り抜ける駿介を追ってきてに違いない、そうして全てを伐りおえた最後の瞬間に、駿介に追いついたに違いないのである。
『次吉』はツトムの手に拾い上げられたと見てよいのである。あの『次吉』が、今度はツトムを魅惑しないとは誰に言えよう。ツトムにとっての駿介が、駿介にとっての泰邦でないと、誰が言えよう。

以下、余談である。
タイトルにあるオイディプスとは、ギリシャ神話のテーバイの王子である。父を殺し母を娶るという神託を恐れて、父王に捨てられた息子を指している。
これは父と息子との物語ではあるが、この作品において三人の息子たちの立場は、それぞれに違っている。
つまり長男は父の血を引き、次男は母の血を引く連れ子である。そして三男の剛生だけが、父母、両方の血を引いている。その微妙な立場の違いが、三兄弟のいわゆる三すくみ状態を生んでいる。
明彦は血のつながらぬ母に憧憬を抱き、剛生はそんな兄に激しい反発を感じるほどに兄と同種のものを抱えて
いる。そうして物語の語り手、駿介はといえば、母と密通しようとした泰邦を許しその影を追うことによって、血のつながらぬはずの父にどんどん近くなっていったのだ、といえぬだろうか。


4894567024オイディプスの刃 (ハルキ文庫)
赤江 瀑
角川春樹事務所 2000-06

by G-Tools



(この頁・栗原夏洋 記)


テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

14:12  |  赤江 瀑  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

こんにちは。これ、とても懐かしいです。
あまりの鮮烈さに酩酊してしまい、この世界の雰囲気を味わいたくて、作者の故郷を訪れた記憶があります。
思い出してドキドキ。思い出させてくださり、ありがとうございます。
mina |  2009年04月21日(火) 19:55 |  URL |  【コメント編集】

minaさん、こんにちは。
うん、まだ感性が柔らかい頃だし、JUNEってジャンルはこっそりひっそり棲息しているような時代だったし(笑)、だからすっごくインパクトがあって、異様なショックを受けた覚えがあります。
この間、本棚を整理していたら出てきたの。それもハードカバー…大切にカバーをかけて奥深くしまいこんでいた青春時代の思い出です(ちょっと照れくさい)。
すみか |  2009年04月25日(土) 11:52 |  URL |  【コメント編集】

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