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2006.03.09 (Thu)

「神の火(上・下)」 高村 薫

1991年・絶版初版:新潮社/1995年・改定版:新潮文庫 国際謀略の手駒となるべく育てられた島田浩二は、日本原子力研究所に勤める第一線の技術者である一方、原子力技術に関する機密をソヴィエトの情報機関に流すスパイを務めてきた。ようやくそんな生活から足抜けした島田は、平凡な暮らしを手にいれたつもりだった。 だが父の葬式の席で、島田は自分をスパイの世界に引きずり込んだ張本人である江口彰彦と再会する。江口は、かつて島田が研究していた原発の解析コードに関して公安が動いていることを告げる。それは島田自身が刻んできた過去からの、逃れようもない呼び声であった。 その江口と浅からぬ因縁を持つ幼馴染みの日野草介との再会や、「高塚良」と名乗るソヴィエトからの密入国者との出会い――やがて、それらの要素が建設中の音海原子力発電所に行き着くことに気づいたとき、すでに島田は謀略に巻き込まれていることを知る。 CIA・KGB・北朝鮮の情報部・日本の公安警察などの思惑か錯綜する中、島田は次第に追い詰められていく。 コンピューターや原子力発電所関係の専門用語や難解な部分も詳細に書き込まれ、緻密な情報が積み重ねて、暗躍する複雑な国際諜報を描いたスパイ小説。 島田を取り巻く状況が二転三転し、なかなか真実が見えてこない。諜報合戦や水面下での駆け引きはスリリングで緊迫感がある。その意味では『リヴィエラを撃て』と構造が似ているが、島田が普通の会社に通う日常と、尾行をまいたり、銃を手にするといった非日常を描くコントラストが見事だ。 ソヴィエトのスパイとして生きてきた島田は、その代償として、どの国にも組織にも属することのできない、虚無という大きな空洞を抱えたまま生きている。幼馴染みの日野もまた、属するべき世界に収まることができないがゆえの空虚さを抱えている。 その島田と日野を惹きつける、高塚良という外国人青年――同じ空洞を抱えているであろう筈の青年だが、良はすでにその空虚さをも透徹し、純化した存在として描かれている。 だからこそ、虚無に囚われている島田たちは、無常の向こうに行き着いていているような彼の生き様に惹かれたのではないだろうか。 良は背負った重みゆえ、世界一安全だという日本の原子力発電の技術に異様なほど執着する。国の言いなりに動いているようでいて、しかし、彼の中にある確固とした意思の力に男たちは魅了される。そして、音海原子力発電所を襲撃するテロリストへと変貌していくのである。 砂上の楼閣のような人間関係の虚しさ。それでもひとりの人間として生きようとする男たち。行き場のない苛立ちゆえに、個々の人生を振り回す権力をすべてを承知で、男たちは、もはや止めようもない熱波のような激情に突き動かされて、救いのないラストへと疾走していく。 ラスト――見上げた空の雪模様と場の空間の広がりが、まるで映像のように鮮やかで臨場感がある。 複雑に織り上げられた人間模様に潜む愛憎や、追い詰められた状況の中でふっと浮かび上がる男たちの絆が、高村作品らしく熱っぽくて淫靡だ(笑)。 line_b03_1.gifline_b03_1.gifline_b03_1.gif 【関連作品】 ■ マークスの山(上・下) ■ 照柿 ■ レディ・ジョーカー(上・下) ■ 李歐(りおう) ■ リヴィエラを撃て(上・下) ■ 神の火(上・下)

テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

20:24  |  高村 薫  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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